レンアルの居る部屋

  1. ザザン…という波の音。潮風に吹かれる男の後ろ姿。
                男は海に向かって足を前後に開きながら、右の手の平を上下逆さにして前に突き出し、もう一方の手でそれを支える体勢をしている。
                それを後ろから見ながら何者か達が会話をしている。
                【A】。見て、あの完成されたフォーム…。
                【B】。サーファーかな?
                【A】。でもずっとああしてるよ。
                【B】。…となると関係者かもしれない。今日ここに来るという…魚見山高校、準備運動部の。
                声を掛けることにした2人。
                【A】。あの、お兄さんもしかして…誰かを待っていたりしますか?
                男は振り返りながら言う。
                【男】。これは失敬…僕はただ海を見て、高校時代の思い出に浸っていただけさ…。
                フッ…と微笑みながら胸に手を当てる男。
                【男】。僕は当時…「アキレス腱のばし 兼 手首の腱のばしの剣崎」と呼ばれていたんだ。
                【A】。やたら長い二つ名ですね…。
                【B】。「けん」が多い…。
                ちなみにこの運動で「腱」は伸びない。
  2. 【千明】。海やー!
                浮き輪を抱えながら海に向かって叫ぶ千明。
                【千明】。部活の人達と海来るの楽しみやったんですよね!誰か一緒に沖まで泳ぎましょうよ!
                沖の方を指差しながら振り返る千明。
                ザザン…という波の音。同行している準備運動部員一同(新藤、牛尾、磯貝)は皆、いつも通りの準備運動を粛々とおこなっている。
                【千明】。まさかほんまに準備運動だけして帰らはるつもりですか!?なんのためにしてんねん!
                樋崎はぐりぐりと膝を回しながら言う。
                【樋崎】。オレは一応言われれば付いていくよ!
                【千明】。膝回ししかしてない人と沖まで行くの、心許無さすぎる!
  3. 樋崎、千明の発言を受け心外そうにする。
                【樋崎】。それはオレに限った話じゃなくないか…?ちょっと傷つくわ…。
                【牛尾】。水泳って全身使うからねぇ。うちらって局所的な運動ばっかしてるから向いてない人が多いんだよ。
                【新藤】。千明さんに負担を強いてしまった罪ほろぼしをと思って計画した旅行なのに申し訳ないな…。蝶谷や勅使河原は来てくれないし…颯太くんも放送部の合宿だかで来れないし。
                新藤、彼らを誘った時の反応を回想する。蝶谷は「海だ!?浮かれるな!」、勅使河原は「うみー?めんどいー」、颯太は「残念ですが…」と言っていた。
                そこへ突如、「では僕がご一緒しよう!」と声がして、剣崎が現れる。
                【新藤】。えっ…その声は…去年引退した剣崎先輩!?
                千明は「噂にきいてた人や…」と思う。
                剣崎は胸に手を当てて語り出す。
                【剣崎】。僭越ながら僕には、手首と足首のストレッチを同時に行う技術がある。最近やってなくてなまってるケドね。きっと君の力になれるはずさ…。
                千明はそれを聞いて、例の体勢になってみせる。
                【千明】。この運動ですよね?さっき私もやりましたよ。
                驚愕する剣崎。
                【千明】。ていうか全身の運動やってますけど…。
                【剣崎】。負けた…!全身とは…!
                ばたーん、と砂の上に仰向けに倒れ込む剣崎。
                【千明】。そんなショック受けんで下さい!
                そんな準備運動部一同の様子を遠くからずっと見ている2人組。
                【B】。あれが例の一年…。
                【A】。間違いない、噂通りの才能の持ち主だ。
  4. やがて時間は過ぎ、赤い夕陽が海の向こうに沈みつつある。
                【千明】。ふー、疲れたぁー。
                泳ぎ疲れた千明は砂の上に仰向けに寝転び、その周りを他の部員達が囲んで座っている。部員達の多くはゼェハァと息を切らしている。磯貝はかき氷を食べている。
                【千明】。先輩達も泳ぎましたねぇ何だかんだ。
                【新藤】。やーもう全然だ。不甲斐ない先輩達でゴメンよ…。
                【千明】。…私、この部活入って良かったですよ?先輩達優しいし、つっこみ所は多いですけど、そういうとこも含めて私、楽しいですもん。
                千秋の言葉を意外げな表情で聞いていた新藤たち。
                【牛尾】。そ、そうなんだ…。
                【新藤】。なんか照れるな…。
                とそこへ突如ザッ!と音を立て、「失礼!」と叫びながら現れる2人組。そのまま部員達の元へ、砂の上を裸足で駆け寄る。
                【A】。そういう「青春」も結構だが…。
                【B】。最後に肝心の運動を忘れているようでは、君たちもまだまだだな!
                2人はよく似た背格好の男女。2人で揃って頭を少し右に傾け、右耳に手の平を当てながら右片足でケンケンをしている。
                【A】。私達は胡桃谷高校 整理運動部…。
                【B】。耳の水抜きケンケンの瑞沢姉弟(双子)だ!
                ザザン…と波の音。黙って2人を見ている準備運動部員達。やがて「…あー」と、千明は砂の上に横になったまま2人に言う。
                【千明】。…私それ、あったかくしといて待つ派やわ…。
                疲れてるので無理に強くつっこまない千明だった。

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