レンアルの居る部屋

  1. ザク…と地面を踏みしめながら森の中を進んでいく。先頭を行くのはTシャツ姿の地元の60代の男性。それに息を切らしながらついて行くのは、ポロシャツ姿の20代の若い男性。
                【若い男性】。結構歩きますね…。そろそろでしょうか?
                【地元の男性】。もう少しですよ。
                 若い男性、顔の汗をハンカチで拭いながら笑顔で話す。
                【若い男性】。地元では昔から知られているのに、何故か観光ガイドには載らないとっておきの名所…。いったい何があるのか…気になります。
                【地元の男性】。まあ見れば分かりますよ。さあ着きました。
                地元の男性、前方のひらけた空間を指差す。若い男性、目の前の光景に目を見張る。
                【若い男性】。これは…!
                その空間の中央には高さ4~5メートルほどの岩が鎮座している。岩は上下2つの部分からなり、地面から少しだけ突き出した低く平らな部分を礎に、楕円体の形をした巨大な塊が垂直方向から10°ほど傾きつつ絶妙なバランスで立っているように見える。
                【若い男性】。これは凄い…。何か神秘的な…。…この岩は何と呼ばれているんですか?
                【地元の男性】。「よく倒れないなっていう岩」です。
                【若い男性】。「よく倒れないなっていう岩」!?
                【地元の男性】。昔からそう呼ばれています。見るたびよく倒れないなって思うので。
                【若い男性】。まんま過ぎる…。
  2. カメにウサギが話し掛けている。
                【ウサギ】。ようカメさんよ。あんた最近「自分は世間で言われがちなほど遅くない」…「何ならこの森で一番速い」とまで豪語してるそうじゃないか。ここは俺と勝負してみないか?森の奥にあるあのよく倒れないなっていう岩まで競走だ。先にタッチした方が勝ちな。
                【カメ】。いいですよ。
                【ウサギ】。よしっそうと決まれば…スタート!
                ウサギ、カメを尻目にタッ!とスタートダッシュを決める。
                十分後…。
                【ウサギ】。ムニャムニャ…カメさん遅すぎ…。
                ハッと目を覚ますウサギ。
                【ウサギ】。ハッ…油断した…!ねてた!
                慌ててゴール地点まで走ってくるウサギ。そこでは今まさにカメが岩にタッチしようとしているところだった。
                【ウサギ】。この俺が負けてたまるかあー!
                【カメ】。あっ…。ウサギさんあんま勢いよくタッチすると…!
                カメの言葉をよそに、ウサギはギュンと進む。
                【ウサギ】。ゴォォール!!
                バシィ!ウサギは力強く岩をタッチする。
                【ウサギ】。勝ったァァァー!
                岩には特に異変はないようで、カメはホッとする。
                【カメ】。(よく倒れないな…。)
  3. 森の中でスマートフォンを見ている20代女性A。画面には友人Bから受け取った、「じゃあ10時によく倒れないなっていう岩の前で集合ね!」というメッセージが表示されている。
                【A】。B遅いな。うーん…それにしても。
                A、岩に目をやる。
                【A】。よく倒れないよなアレ…。
                そう呟いてから、思いを巡らす。
                【A】。(改めて見るとシュールだ…。そのまま「よく倒れないなっていう岩」って呼ばれてることもシュールだし…そもそもこんな森の中で待ち合わせしてる私達も大概シュールだ…。)
                そうしてしばらく考え込むA。そこへBが走って現れる。
                【B】。ごめんAー。おまた…。
                バン!と音が鳴る。驚くB。
                そこには手を前方に伸ばし、掌を地面に向け開いた状態で立っているAと、その真下の地面にはいま落下したとみられるスマートフォンが見える。
                【B】。えっ…何してるのA…?
                【A】。…状況があんまりシュールだから、夢じゃないかと思って。
                【B】。ほっぺたつねる要領で!?
                A、落としたスマートフォンを拾う。
                【A】。バキバキになってない…夢ってことかな?
                【B】。頑丈なんだよケースが!よく無事だったな!
  4. ぎゅっ…♡と握り合う2人の手と手。
                リュックを背負った男女が、手を固く繋ぎながら目の前の岩を見ている。
                【男】。よく倒れないね…。
                【女】。うん…。
                そう語り合うと2人は沈黙し、ドキドキし始める。男は岩を見ながら思いを巡らす。
                【男】。(特に縁結びとかそういうやつではないらしいけど、俺は今日この岩の前で、りっちゃんに…!しかし…この岩になぞらえて何か言うつもりでいたけど、正直この上のやつが俺でもりっちゃんでも微妙なんだよな…。上下関係エグい…。「この岩みたいによく倒れないなっていう関係になろう」…?いや、それも何かギリギリの関係を望んでるみたいで変だし…ああもう…。)
                黙ったまま悶々としている男の様子を女は気に掛ける。
                【女】。あっくん…?
                男、意を決して女の方を向き、女の手を取って口を開く。
                【男】。…それはそれとして結婚しよう!
                【女】。それはそれとして!?いや嬉しい…!よろこんで!
  5. パソコンの画面。Webページ上のブログ記事に岩の写真が載せられている。眼鏡を掛け、顎髭を生やした30代の男性がその画面を見ながら言う。
                【顎髭の男性】。中々いいじゃないか。観光地を紹介する記事としてインパクトも独自性もある。興味をひくエピソードも豊富だ。ここでプロポーズをして結ばれたカップルの話に、スマホを落としたのに無事だった人の話…ウサギの話は ちとおとぎ話じみてるが子どもにウケるだろう。
                先日地元の男性に案内されて岩を訪れた若い男性記者がイヤホンをして、顎髭の男性編集者の言葉をビデオ通話で聞いている。記者は嬉しそうにするが、編集者はため息をつく。
                【編集者】。ただ、名前がなぁ…。アクセス数稼げんぞこんなの…。
                共有された画面には、記事に書かれた文章の「目の前に現れたのがお待ちかね…よく倒れないなっていう岩です!」という部分が表示されている。
                【記者】。いや僕もそう思ったんですけど、実際そういう名前なんですよ!
                編集者、眼鏡を外して布で拭いながら言う。
                【編集者】。名前くらいこっちでさ、もっと何かキャッチーなやつに変えちゃえない?「何々岩と呼ばれています」とかそれっぽく書いときゃそれが自然に広まるよ。
                【記者】。そんな…!
                編集者の言葉に当惑する記者。
                【記者】。編集長!僕は嘘を書くためにライターになったんじゃない!ありのままを載せさせて下さい!!
                眼鏡を掛け直し、険しい表情になる編集者。
  6. 【編集者】。あのなぁ!
                チャッとキーボードに手を置く編集者。画面は検索サイトの画像検索画面になり、編集者はカタカタと「よく倒れないなっt…」と文字を打ち込む。
                【編集者】。こんなクソ長いフレーズ…検索ワードとして機能しねぇんだよ!これで一件でもそれらしいのがヒットしたら、考えてやるよ!!
                タン!と中指で勢いよくエンターキーを押す編集者。
                検索結果画面には、例の岩と同じように倒れそうで倒れない世界中のよく倒れないなっていう岩たちが沢山出てくる。
                【編集者】。ごめんいっぱいヒットした!
                その後、記事はそのまま掲載された。ほっとした顔で息をつく記者。
                【記者】。「この検索で一番上にくるのを目指せ」って言われた…。しかしよくあんなヒットしたな…。
                ~END~

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