レンアルの居る部屋

  1. 「いっせっせーの、3!」「あーっ!」「ゆっちゃんの負け―!」
                そういってワイワイと指遊びなどをしながら、森の中を列になって歩く、リュックを背負った小学生たち。先頭では女性教師2人が児童たちを引率している。
                【教師A】。おらーっ、あんまハシャぐなーっ。
                【児童の一人】。えー先生いいじゃん!遠足だよ?
                【教師A】。遠足じゃねぇ、社会見学だーっ!
                列の中の男子児童PとQが話す。
                【児童Q】。そういえばどこ見学 行くんだっけ今日?
                【児童P】。お前…それは把握しとけよ。しおりもらったじゃん。
                【教師A】。さ!みんな着いたぞー!
                一行はひらけた空間に出る。その中央には高さ4~5メートルほどの岩が鎮座している。岩は上下2つの部分からなり、地面から少し突き出した低く平らな部分を礎に、楕円体の形をした巨大な塊が垂直方向から10°ほど傾きつつ絶妙なバランスで立っているように見える。
                【教師A】。本日のメインの目的地(兼 昼食場所)…「よく倒れないなっていう岩」だ。
                児童たち、おぉ…と感心した様子でその岩に見入るが、「それが名前…?」とも思う。
                児童たちに笑顔で話す教師B。
                【教師B】。これも学業の一環だからね。帰ったら感想文、書いてもらうよ。☆
                【教師A】。さ、メシだメシ。
                児童たちは、「書くこと一択だ!」と思う。ちょっと「よっしゃ」とも思う。
  2. 「いやー」と話しながらタコさんウインナーを口に運ぶ児童Q。目の前にはよく倒れないなっていう岩がある。
                【児童Q】。社会見学の行き先っていうから、こういう自然物は予想してなかったなー。会社とか工場とか…。でもこの岩をどうやって「社会」に絡めるんだろ?絡めるにしても土着信仰とかそういうディープな分野だよねえ。土着信仰…そうだ!感想文はそっちの切り口でいこう!
                【児童P】。さっきまで行き先も知らなかった奴が急に意欲出すな。
                その会話をやや離れた場所で聞いている教師A。教師Bはサンドイッチを手に取りながら教師Aに言う。
                【教師B】。私は良かったと思いますよ?浅木先生の発案したこの見学先。いろいろつっこまれてますけど。
                教師A、おにぎりを食べながら言う。
                【教師A】。ありがと…。ったく最近の子供はああいうメタ認知に長けてるよな。ちょっと目ぇ離すとすぐメタりよるわ。
                そこへ「あのぅ…」と誰かが話しかける。それは一行に同行して来ていたTシャツ姿の地元の60代男性だった。
                【地元の男性】。たしか昼食の前に私から地元民として、皆さんの前でお話をさせて頂く流れだったと思っていたんですが…。
                教師AとBはあ…と気が付き、気まずそうにする。
                数分後。地元の男性は岩の前でマイクを持って立ち、児童たちに向かって話している。児童たちは各々ビニールシートの上で食事をしながらその話を聞いている。
                【地元の男性】。えー私が初めてこの場所に来たのは、皆さんと同じ小学5年生の頃でした。生まれて初めてこの岩の前に立った当時の私は思いました――「よく倒れないな」と。
                食事をしながらひそひそと話す女子児童XとY。
                【児童Y】。ねぇ…こういう話ってこんな、お弁当食べながら聴くもんだっけ…?ゆるすぎる…。
                【児童X】。いや、段取り間違えたんだよきっと…。
                【教師A】。そこぉ!メタ認知やめぃ!
                おにぎりを食べながらそう言って児童たちを叱責する教師A。児童たちは「メタ認知?」「ゆるいんだか厳しいんだかわからん…。」と思う。
  3. 話を続けている地元の男性。
                【地元の男性】。…とまあ私の話はこの辺にして、今日はもう一人皆さんにお話をして下さるかたがいます。
                そう言って地元の男性は、横に現れて照れくさそうにしている若い男性記者のほうを手で差す。
                【地元の男性】。この地域の紹介記事を書いて下さり知名度を上げてくださった、Webライターの小柳さんです!
                【小柳】。よろしくお願いします…。
                児童たち、怪訝な表情になる。それぞれ心の中で「Webライター…?」「社会っぽくはなったけど、こんな森の奥でWeb業界の人の話聴くの…?」「よく引き受けたなこの人もこの人で…。」とメタ認知を発揮する。
                【小柳】。えーまず…今皆さんが思っていることを当ててみたいと思います。
                「えっ!?」と思う児童たち。
                【小柳】。「なんでおれらこんな森の奥まで来て、バズ記事一本書いただけの人の話聞かされなきゃならないんだ…。」
                児童たち、「そこまで辛辣ではない。近いけど…。」と思う。話を続ける小柳。
                【小柳】。このように受け手の心理を捉えることは僕の仕事のひとつです。読む人の心に訴える記事を書くためには入念な下調べが欠かせません。この地域の記事を依頼されたときも僕はまず実際にここへ足を運び、地元の方々にも会って色々な話を聞きました。「よく倒れないなっていう岩」って名前を初めて聞いたときは思いましたね…「まんま過ぎる」と。
                児童たちは「やっぱそうなんだ…。」と思う。
  4. 【小柳】。実はこの名前、変えさせられそうになったんです。
                【児童P】。え。
                驚く一同。小柳は話を続ける。
                【小柳】。「もっと何々岩みたいな短くてキャッチーな名前に変えた方が閲覧数稼げる」、それが編集長の言い分でしたが…僕は反対でした。結果的には(成り行きもあり)そのまま使わせてもらえましたが。
                小柳、静かに微笑む。
                【小柳】。今思うと…あのとき僕が反対できたのも、自分でここを訪れたときの感動があったからです。これまでも様々な人がこの岩の前に立ち、それぞれ事情は違えど皆どこか共通した感想を抱いて帰っていった…。
                小柳の脳裏には、地元の人たちの話で聞いていた、この岩の前でスマホを落とした人、結ばれたカップル、ウサギに負けたカメの姿が浮かぶ。
                【小柳】。この岩の名前にはそんな人々の「歴史」が息づいていて、僕も同じ体験をしたからこそその大切さに気づくことができた。だからお伝えしておきます…今日皆さんがしているような体験はとても意味のあることだと。それは歴史や文化を尊重することに繋がります。そしてその姿勢であれたからこそ僕はこの地域の魅力が、画面を隔てた人々にも伝わるような記事を書けたんだと思います。
                そういって話を締めくくり、お辞儀をする。聴衆からはパチ…パチ…と鳴り始め、やがて万雷の拍手となる。教師AとBは穏やかな表情で、地元の男性は感動した表情で拍手をする。
                後日。教師AとBは生徒達の書いた感想文を読んでいる。教師Bは一枚を手に取って読み上げる。
                【教師B】。「Webライターの人だけあって話の構成が上手いなと思いました」…。
                【教師A】。メタ認知ぃ…!

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